ホーム > 健康アドバイス18
健康アドバイス18
運動器というのは骨や筋、神経などを総称した言葉です。頭部以外、首から下で内臓を除いた部分と考えて頂ければ結構です。今回の「けんこうガイド」では外傷以外で起きる運動器の痛みについてお話したいと思います。
日本では昔から伝統的に鍼灸、按摩などをはじめ、痛みに対する対処法は多種多様にあって、わざわざ病院に出向かなくてもなんとか工夫を凝らして自分の痛みに対応してきました。最近でも事情は大きく変わらないようですが、昔と変わったところは医療技術の専門細分化、進歩普及で、近くの医療機関でも痛みの原因を、より科学的に、また系統的な考え方で捉えることが可能になり、放置してはいけない深刻な痛みを早く判断したり、痛みを取り除く医学的な方法、すなわち手術、特殊な注射、内服薬、リハビリテーションなどを提案することもできるようになってきました。いつもの辛い痛みを年齢やきつい仕事のせいばかりにせずに、本書を読まれて思い当たることがあればお近くの医療機関で相談していただければと思います。
いろいろな痛みがあります。突然の予期しない痛み、がまんできるけれど毎日の気になる痛み、歩いたり長く立っていると出てくる痛み、スポーツや重労働など特殊な状況での痛み、安静にしていても日に日に悪くなる痛みなどです。症状がそれほどでなければ日常の過ごし方の工夫などでご自分で対応されることも可能ですが、しびれや麻痺があったり、内臓の病気を伴ったりすると早く対応しないと手遅れになることもありますので、こうした場合は最適な治療方法を早く受けられるように、しかるべき医療機関に相談されることが必要です。それでは普段よく見られる運動器の痛みについてなるべく網羅して紹介します。
1) 予期しない四肢(両手、両足)の急性の強い痛み
〜痛風(つうふう)、石灰沈着性腱板炎(せっかいちんちゃくせいけんばんえん)、偽痛風(ぎつうふう)、帯状疱疹(たいじょうほうしん)、化膿性炎症(かのうせいえんしょう)
突然の予期しない痛みが手、足に急に起こることがあります。痛風(尿酸結晶が引き起こす。お酒が好きな男性、足に多い。ひざ、ひじにもあります。痛むところが赤く腫れます)。石灰沈着性腱板炎(40〜50歳代の女性の肩に多い。ハイドロキシアパタイトとよばれる石灰が肩の腱周囲を刺激します。大転子(だいてんし)と呼ばれる腰の部分に起こることもあります。比較的体の深いところなので熱や腫れはわかりません)。偽痛風(高齢の方のひざ、手首、足首など。関節にピロリン酸カルシウムがたまっています)。これらはいずれも局所の炎症反応が強烈ですので発作時には非常に痛みます。その痛みは普通は自然に軽くなって消えていき、骨や関節を壊すことは少ないので、さほど深刻に悩む必要はありません。もちろん炎症を抑える薬を上手く使えば痛みも短期に軽くて済みます。再発を繰り返す痛風は生活習慣を改めるか、薬で高尿酸血症をコントロールする必要があります。細菌の感染によるものでもよく似た症状であることがあります。帯状疱疹というウイルスで起こる病気も急性に来ます。特徴的な皮膚の水泡がでます。これらの痛みについて、病院では血液検査、レントゲン検査を行い、他の深刻な病気があるか、炎症の程度はどうか、結晶がレントゲンで写っているかなどの検査を行い、診断を確定し治療を行います。
2) 解決しない毎日の慢性の痛み
〜変形性関節症(へんけいせいかんせつしょう)、変形性脊椎症(へんけいせいせきついしょう)、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)、関節(かんせつ)リウマチ
年齢が進めば関節の軟骨はすり減り、骨は弱くなり、靱帯、腱は硬くなり、手足や背中が曲がってくるのは当然で、けがや疲労の回復にも時間がかかります。回復しないうちに無理をすれば慢性になって痛みを抱え込んでしまうことになります。加齢現象がもとにありますので基本的には治らないことも多いのですが、それでも痛めたところを早く手当てしたり、痛みやすいところを大事にしてどうにかやりくりしていく心構えが大事です。病院ではレントゲンを撮って変形の程度を評価して必要に応じて軟骨を保護する注射、骨を強くする薬、筋力強化指導、物理療法などの方法を使ってなるべく長持ちさせる方法をご提案します。あまりに変形が進んでいたり、不安定で体を支えるのに支障があったりするときには他の部分の機能を維持するためにも思い切って手術をされるほうがよい場合もあります。骨を強くする薬は最近信頼のおける薬が登場し、服用を続けると脊椎の変形が予防できますし背中の痛みが気にならなくなることもあります。関節リウマチという病気は関節の腫れが長く続き、専門医が見ればあきらかに加齢現象ではなくて薬を使ってしっかり治療すべき病気であることがわかります。薬や手術による治療法は数年前に比べて格段に進歩していますが病気の原因はまだ不明です。最近は高齢の方にも診断される機会が増えてきています。
3) 腰痛、頚部痛み、手足にしびれ、脱力、長く歩いたりすると下肢が痛む、殿部が痛む
〜脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)、閉塞性動脈硬化症(へいそくせいどうみゃくこうかしょう)、椎間板(ついかんばん)ヘルニア、脊椎炎(せきついえん)
脊椎においては背骨の変形や骨の連結部位の椎間板、関節、靱帯の不具合によって神経が圧迫されることがあります。神経が圧迫を受けると頚では上肢痛、手足のしびれ脱力が、腰では下肢痛、下肢しびれ脱力が起こることがあります。排尿排便が思うようにいかなくなる場合もあります。安静時には症状がなくても歩くと下肢痛、殿部痛がつらくて外出がおっくうになってくるといった状況もあります。これは間欠性跛行(かんけつせいひこう)と呼ばれる症状ですが、同じ間欠性跛行でも動脈硬化症の血栓によって血管が閉塞して十分な血流が足に届かないことが原因となることもあります。タバコと縁が切れない男性に多く見られます。神経の圧迫によるものか、血管の閉塞によるものかは外来での簡単な診察と検査で該当がつきます。腰椎椎間板ヘルニアでは坐骨神経痛とよばれる殿部から足に沿って辛い痛みがあります。頚椎のヘルニアでは背中、肩、腕に痛みがでます。長い時間の圧迫とその結果過敏になった神経の反応によるものと言われています。手足に麻痺が出てきたり排尿排便が思うようにいかなくなってきた場合には、明らかに神経機能不全ですので痛みの問題とは関係なく麻痺を改善するために早期に脊椎の手術が必要となります。脊椎、骨盤にも特殊なリウマチ性の病気があります。これも腰椎背部痛、殿部痛をきたします。皮膚の乾癬、腸炎、他の関節炎などを合併することもあります。レントゲン検査や血液検査で見当をつけますが、典型例でない場合は診断確定まで長い経過観察が必要です。
4) スポーツ障害、就労関連性疼痛
〜オーバーユース症候群(しょうこうぐん)、疲労骨折(ひろうこっせつ)、離断性骨軟骨炎(りだんせいこつなんこつえん)
スポーツ活動や仕事などで無理をすると靱帯と骨の結合部位で使いすぎによる疲労が溜まり痛みが続くことがあります。準備運動や普段からの柔軟運動でこの痛みはある程度予防できますが、繰り返し作業がやむなく要求される場合は痛みが長く続くこともあります。中学生からの成長期は骨、軟骨の強度が未熟なまま強い筋力がついてきますし、競技レベルも次第に高度になってきますので特に障害が起こりやすい時期です。疲労骨折は反復運動が原因でおこり、たとえば剣道部、陸上部、バレーボール、バスケットボールの選手の足の甲に多くみられます。治療法は局所の安静が第一です。安静にしている間に、フォーム改良、トレーニングメニューの見直し、環境改善を考えます。サッカー選手の足の外側におこる疲労骨折は時々治りが悪く手術が必要になることもあります。野球選手、バレー、体操選手などに多い成長期の腰痛の原因のひとつとされる腰椎分離症も疲労骨折によるものとされ、急性期では痛みも強くスポーツ復帰まで時間がかかることもあります。急性期では初期に診断されれば十分な固定で治癒させられます。厳格な治療でも解決せずスポーツ復帰に悩む選手には手術で治している施設もあります。このほか離断性骨軟骨炎とよばれるひじ、ひざ、足首の関節での骨軟骨障害では病気に応じて骨軟骨移植手術など、また投球肩障害ではフォーム矯正が第一ですが、損傷の起こってしまっている部分については内視鏡手術など最近新しく開発された手術による良好な結果も報告されてきています。
5) 内臓の病気に関連する痛み
〜悪性腫瘍(あくせいしゅよう)、結核(けっかく)、化膿性疾患(かのうせいしっかん)
深刻なのは内臓の病気で痛みが現れてくる場合です。例えば腰背部の痛みが症状として現れる内臓の病気には胃十二指腸潰瘍、胆石、胆のう炎、すい臓腫瘍、腎臓腫瘍、腎尿路結石、子宮筋腫、卵巣のう腫、大動脈瘤、癌の脊椎転移などがあります。ほとんどの場合は全身症状や原発部位の異常が伴いますが、初発症状として痛みだけの場合は診断までに時間がかかることもあります。治療にもかかわらず、痛みが進行してきたり安静時にも痛む場合は早いうちに精密検査を受けられたほうが無難です。その他、運動器自体にも腫瘍、結核などの病原菌によるものなどの深刻な病気があり、こうした病気を初期のうちに診断するためには特殊な画像検査、血液検査を必要とします。
6) 十分解明されていない痛みの病気
〜線維筋痛症(せんいきんつうしょう)、複合性局所疼痛症候群(ふくごうせいきょくしょとうつうしょうこうぐん)
まだはっきりと科学的には解明がすすんでいないものの痛みが前面にでてくる病気があります。50歳代の女性に多い線維筋通症と呼ばれる病気はマスコミでも取り上げられていますが、長引く全身の痛みで痛み止めの薬も効きません。機能障害や内臓障害などもなく、またひととおりの精密検査をしても異常が見つからないので、心療内科や精神科でうつ病の治療を受けられるケースが多いのですが、周囲の理解がないと一人で辛い思いをひきずることになります。最近では診断分類基準に基づいて同じような症状を持たれる患者さんたちをまとめて観察整理して、より効果的な治療法を探る努力もされています。慢性の痛みの病気として数としては一番多いようです。また軽微な怪我からでも自律神経のバランスを崩して、局所のむくみや過敏な痛みが続く複合性局所疼痛症候群(CRPS)は重傷の方もおられ、現在最先端の神経電気生理検査や脳の機能画像検査などの手法を使って病態の解明が進んでいるところです。
整形外科、リウマチ科、脳神経外科、麻酔科(ペインクリニック)、神経内科、皮膚科(帯状疱疹)など多くの科で運動器の痛みの診断、治療をしています。もともと怪我があったり、痛みが骨、靱帯、関節に関連していればその部位の正確なレントゲン写真の評価ができる整形外科の先生が治療を含めて最も総合的に親身になって相談にのっていただけると思います。その中でも慢性の関節炎が長引いてリウマチが心配という場合はリウマチ医に、頸、背中、腰に問題があるときには脊椎脊髄専門医に、スポーツ障害外傷の相談はスポーツ医などと整形外科の中でもいろいろな専門分野が細分化されています。すでに手足にしびれや麻痺がある場合には脳、脊髄、末梢神経の問題が必ずありますので、はじめから神経内科、脳神経外科の先生を受診されるのもよいと思います。閉塞性動脈硬化症の痛みの治療では血管外科に熱心な先生がおられ血管の手術が必要な場合はその相談にも応じていただけます。皮膚に帯状疱疹を確認した場合は早く使えば抗ウイルス薬の効果が期待できますので、薬の使い方に慣れていて免疫の弱くなった原因も考えていただける皮膚科、内科に相談なさってください。帯状疱疹の痛みが慢性化した場合は麻酔科ペインクリニックなどにその解決の窓口があります。職場の仕事で痛みが辛いようであれば職場の産業医の先生に相談されて、特殊な状況があれば環境改善をしていただくようにしましょう。お子様については就学以前であれば小児科、整形外科の先生に、スポーツクラブ活動で無理がたたっておられるようであれば現場のコーチ、トレーナーの先生と相談されて、まずはフォームに無理がないか検討してください。離断性骨軟骨炎、疲労骨折などがないか、またフォームに無理がないかご心配な場合はスポーツ専門医の診察を受けてください。内臓の深刻な病気で痛みだけが症状として現れるものは一般的な診察では診断が難しいことがよくあります。内臓の特殊な検査が必要か、改めて関連する内臓の専門の先生の診察を受けていただいたり、特殊な画像検査を早めにすることになります。線維筋痛症など、ひととおりの検査がされてなおかつ一般的な治療ではなかなか解決されない場合や、難治性の複合性局所疼痛症候群(CRPS)で困っておられる場合はリウマチ科、麻酔科で相談されるか、またはマスコミやインターネットで紹介されているような痛みを総合的に扱う専門外来を訪れていただくのもひとつの方法です。多くの場合、心療内科、麻酔科、リウマチ科、整形外科などの専門の先生方で連携をとりあって対応していただけるようです。また保険診療ではできない最先端の高度な検査をしていただけることもあります。
病気でおこってしまう痛みについては、病院の正確な診断と治療に頼るしかありませんが、仕事の忙しさからの運動不足や加齢による痛みに対しては、最近では予防医学の観点から痛みを起こさないように普段から運動器の健康維持をするという考え方が出てきました。一流のプロスポーツや柔道、ボクシングなどの格闘技の選手たちは怪我を予防するためにも筋力トレーニングを欠かしません。鍛え上げられた筋肉はまるで鎧のように選手たちの関節、脊椎を保護する役目をしています。十分な骨の強さ、柔軟な靱帯、関節、敏捷な運動神経などを持った人が相応のトレーニングを続け、また酷使して消耗したときには十分な回復時間が与えられれば、傷ついた組織は修復され高いレベルでの能力維持が可能です。われわれ一般人でもプロスポーツの選手とまではいかなくても、普段から自分の運動器の性能を評価して長持ちさせる対策が必要です。運動器の性能は加齢とともに劣化していきますが、それらを自覚して弱くなったところは注意して保護したり、強化したりして長持ちさせることは可能です。運動器の機能低下を早めに自覚して運動器傷害の予防の手を打つということです。糖尿病、高血圧、高脂血症などで保険診療を使って、毎日欠かさないように薬を飲んだり熱心に運動療法食事療法をして心筋梗塞や脳卒中を予防するように、骨に弱みが見つかれば骨を強くする薬を、関節炎があればコントロールする薬を使ったり、また65歳以上の方で変形性関節症、脊椎管狭窄症、関節リウマチ、脊髄障害などで運動不足、筋力低下で体の不具合が起きていれば無理のない運動習慣をつけるように医療機関で指導を受けて頂いて寝たきり生活を予防する、そうしたことにも医療保険診療は使えます。また病気と診断されなくても、日常生活を円滑に続ける体力がなくなってきた方には地域支援事業とよばれる市町村の介護予防運動プログラムが利用できたり、介護認定で要支援1、2認定を受けられた方には介護保険での予防給付でリハビリを受けられるなど国の制度も充実してきています。これらのことはお近くの地域包括支援センターでご相談ください。これからも運動器障害の予防の知識を持たれ、運動器障害のサインのひとつでもある痛みの対策を早いうちにされて活動的な生活を長く続けられますように、皆様方のご自愛をお祈り申し上げます。